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玉手箱 - 言語 - 趣旨を把握する問題

問題

次の文章を読んで、筆者の訴えに近いものを選択肢の中からひとつ選びなさい。

本文

 これまでの観察を通じて、社交という営みについておよその概括的なイメージが浮かぴあがってきた。ここでそれに定義めいた整理を与えてみると、まず社交とは厳密な意味で人間が感情を共有する行為だといえるだろう。そこでは中間的な距離を置いて関わりあう人間が、一定の時間、空間を限って、適度に抑制された感情を緩やかに共有する。社交の場では人は互いに親しんで狎れあわず、求心的な関係を結びながらも第三者を排除しない。人びとが社交に集まるとき、彼らは一応の目的を共有するが、けっしてその達成を熱狂的に追求することはない。ともに食べともに技を競い,ともに語って意思を伝えあうにしても、人びとはそうした目的よりも達成の過程に重点を置く。すべての行動が即興劇に似た姿を備え、会話はせりふに、動作はしぐさに、参加者は仮面をつけた役の人物に近いものとなる。
 そしてこの逆転を起こさせる仕掛けが礼儀作法であって、これが社交の行動に定式を与えるとともに、それから効率的な実用性を奪う。それは行動のすべてが目的に収斂することを妨げ、そのことによって過程を充実させて、始めと中と終わりのある完結性をもたらす。作法はまた、人を目的達成にあせる情熱から解放し、自己の感情を半ば対象化させることによって抑制に導く。それはいわば即興劇の粗筋として、また俳優の肉体に備わった技能として働き、その力によって社交の時空間を内側から限定し、また社交する人間の感情を自然に統御された快活さに誘うのであった。
 さらに社交の行動のこのような構造から、社交する人間の精神はおそらく矛盾に満ち、その矛盾の統一によって緊張したものになるであろう。それはまず何ごとにも「付かず離れず」の態度をとり、人間にも催事にも、さらには文化の全体にすら、参加しながら距離を置く危うい姿勢を保たねばならない。社交する精神はすべてにしらけない関心を抱き、それでいて本質的に無欲であることが期待される。何ごとをも遊びと見なしながら、その遊びにたいして真面目でなければならない。それはまた作法に従う精神であるから、行動の規律と自然な滑らかさを同時に追求しなければならない。拘束と自由を微妙に均衡させ、形式と内からの自発性を両立させなければならないのである。

(出典:国税専門官・労働基準監督官 平成22年度)

[A] 社交とは人間が感情を共有する行為だといえる。
[B] 社交において、人々は、一応の目的を共有するが、その達成よりも過程を重視しており、参加しながら何事にも距離を置くという微妙な姿勢を保たねばならない。
[C] 社交において、人々は、内心に抱えた矛盾を克服し、社交の場に適した明るい振る舞いを保つという真面目さが求められる。
[D] 社交の場では、人々は、礼儀作法を重んじるあまり、仮面をつけた役の人物のようにぎこちなく、無表情になりがちである。





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